Share  
admin's picture

ブログ記事の整理

ブログを書き始めて15年以上になる。90年代末に無料のWebサービスを使って"ホームページ"の試作を始めた。自分のHP作成が目的ではなく、仕事の一環として当時のWebサービスの有り様を調査するためであった。Yahoo!、Geocities、AngelFireなど何種類ものサービスを使ったが、それらはすべて第三者に買収されるか、閉鎖されるか、別サービスに転換されるかして無くなってしまった。その後、自分が書いたコンテンツを保存するために、自分が所有するドメイン・サイトでブログツールを使って作成するようになった。

ブログツールもたくさんあって、どれがいいかを判断するために片っ端から使った。そのたびに新しいHP(のちにブログと呼ばれる)をつくり、思いつくままに記事を書いた。いつのまにか自分の備忘録になったが、記事数が数百を越えると再利用、参照するために探すのが厄介になってきた。その記事を書いたことは覚えているが、それをどのサイトで書いたのかを思い出せないことが多くなった。自分のサイトが複数あるため、いくつかのサイトにアクセスしてブログツールの検索機能で探すことになるが、探すのに思いのほか時間がかかってしまう。10年ほど前からはGoogleのカスタムドメイン検索ツールで探すようになってから、比較的容易に目的の記事を探し出すことができるようになった。

admin's picture

整形美人?

女性はなぜ整形するのか?美しくなりたいから!なぜ見た目を美しくしたいのか?男にもてたいから?自己満足したいから?就職や結婚に有利だから?
美容整形は当たり前の時代で、巨大な市場に成長している。女の美への欲望が作った市場だが、いまや美容整形する男性も増えているという。

たまたま”韓国美女が整形したら「石器時代の土器みたいな顔」になったと話題”という記事を見て、美容整形市場規模がどれくらいなのか好奇心がわいたので調べてみた。「美容整形手術の世界市場」というレポートがあるが有料だ。無料で入手できる報道資料に限ってみると、総生産額では数十兆円の市場規模になっているようだ。

admin's picture

形見

形見とは、死んだ人や別れた人を思い出すよすがとなるもの。残された品。遺品。遺児。過去を思い出させる記念の品。語源由来辞典によれば、文字通り、「形を見る」という意味から生じた語。残された品を見ることでその人を思い出し、形(その人)が見えてくるようなものなので、「形見」と呼ばれるようになった。

真の友は一つの品物を半分に分けて所持する習慣があったことから、「片見」と書き「かたみ」と呼ぶようになったという説もあるが、「片見」の漢字表記や「半分に分けて所持する」といった意味で用いられた例はないから、それは俗説であろう。「かたみ」は古くから「形見」と漢字表記されている。

日々の生活に追われている人は、故人を思い出したり偲んだりする暇がない。いや「暇がない」というのは言い訳である。暇があれば思い出すというのはおかしな話だ。日頃から思い出すことがないのは忘れているだけのことだ。家に仏壇があり、毎朝欠かさずに仏壇に手を合わせる習慣があれば、故人を忘れることはなく、毎日その人を偲んでいることになる。

admin's picture

簡易裁判で前科者

自転車の事故が多くなった。歩行者が多い歩道を走ったり、スマホ片手に運転するなど危険な運転が増えたからだ。死亡事故も少なからずある。事故件数の減少を目的に、警察が取り締まりを強化している。

電車線路の踏み切りで、警報機が鳴っているときに侵入すると5万円以下の罰金になる。警察に見つかると、現行犯逮捕され、調書を取られ、赤紙を渡される。指定期日までに裁判所に出頭し、簡易裁判を受ける。判決が有罪になると「前科者」になる。

こういうことをほとんどの人が知らないと思う。取り締まり現場を取材した番組で、実際に調書を取られ赤紙を渡された人が数人いた。どの人も赤紙を渡されるまでは、犯罪を侵したという意識はないだろう。「急いでいたから…」、「いつもはゆっくり走っている…」といっても言い訳にならない。

私もそうだった。片田舎の実家に滞在しているときの日常の交通手段は徒歩と自転車である。徒歩で近くのコンビニや食料店に行くと往復1時間はかかるので、ママチャリを使うことになる。街に出かけたり名所旧跡を訪ねるときも自転車である。自転車に乗るようになって初めて気付いたことがいくつかある。

法定制限速度

admin's picture

無届け介護施設

特別養護施設の数が極端に少なく、何年も入居待ちになっている。民間の有料ホームは、全奥平均で月25万円を越える。年金が10万円に満たない高齢者にはとても手が届かない。そんな行き場のない高齢者を受け入れる"無届け"介護施設が急増している。

月10万円以内で受け入れてくれる介護施設は、無届けの所が多い。国が決め、役所が監督する介護施設は、防災設備や個室であることなどを要求するのでコスト高になってしまうからだ。空き家を利用して一室2名で運営すれば、初期投資も月額運営費も抑えることができるが、役所は認めない。結果として無届けで運営する。こうした"無届け"の介護施設が急増しており、NHK調査によれば全国に少なくとも1941ケ所もあることが明らかになった。

admin's picture

短縮URLサービス

歩き旅をすると、GPSで記録した歩行経路をGoogle地図(MyMaps)やYahooルートマップにアップロードして整理している。100カ所を超えてからは参照するのが厄介になったので、MyMapsにリンクする旅の地図一覧を作成した。このとき、HTMLコードの量を少なくし、読みやすくするために短縮URLを使う。

最近はGoogle URL Shortenerを使うことが多くなった。たとえば「青春18ぶらり旅」と題した地図の共有リンクは
https://www.google.com/maps/d/ed... であるが、Shortenerで短縮すると https://goo.gl/uUkqnn になる。76文字が21文字になる。

達磨居士's picture

八百比丘尼の伝説

若狭地方には、春になると手に白玉椿をもって各地に現れたという八百比丘尼の伝説が残っているそうだ。比丘尼は、九穴の鮑または人魚の肉を食べたためにいつまでも若く年をとらなかった。1000年の命を授かったが、200年分を神に捧げ、800年生きたことから八百比丘尼と呼ばれるようになった。

八百比丘尼

比丘尼は654年(白雉5)の生まれで、色が白かったことから白比丘尼とも呼ばれた。比丘尼になる前は、白石神社の巫女だったと伝わる。白比丘尼の白、白玉椿の白は再生の色。玉は「魂」。椿は、春先一番に花を咲かせ、葉は常緑。古代より神聖な木とされ、呪いに使われた。中国ではチンと呼ばれ、八百年に一度花を咲かせる、不老不死の薬と考えられた。

白石神社は、若狭彦こと遠敷(おにゅう)明神を祀る。東大寺の初代別当・良弁上人の生誕地でもある。神社から100m下流の鵜の瀬で「お水送り」の儀式(火祭り)が行われる。東大寺二月堂の「お水取り」に使われる水を送る儀式だそうだ。

admin's picture

伏見稲荷大社

鳥居で表現された信仰心、日本人の心のルーツでもある伏見稲荷大社
外国人観光客の疑問ランキング

admin's picture

老衰死

~穏やかな最後を迎えるには~
戦後減り続けてきた老衰死が、10年前から増加傾向に転じ、昨年過去最も多い75000人になった。たとえ病気を持っていてもそれが直接の死因ではない場合、老衰死とみなされる。世田谷区の特別養護施設「芦花ホーム」の協力を得て、老衰死の実態を取材した内容がNHKで放送されている。

二年前には自分を食べ、出された食事はすべて食べていた。ところが体重は減っていくばかりだった。自分で食事をとれなくなって一週間。息子に看取られながら静かに息を引きとった。老衰死、93歳だった。

慢性炎症によってあらゆる臓器や機能が衰えていく。これをInframmagingと呼び、老衰死との関連性が研究されている。延命治療のひとつ、胃瘻(経管栄養)は終末期には勧められないとする見解もある。

欧米では、死を恐れるのではなく、死の質(Quality of Death)を重視するようになっている。だれもが望む安らかな死。人には生きる力と共に、穏やかに死んでいく力もあるのかもしれない。

admin's picture

松永安左エ門

放送90年ドラマ 経世済民の男(5)「鬼と呼ばれた男~松永安左エ門~」
戦後、電気事業の分割民営化を成し遂げ「電力の鬼」と呼ばれた男。70歳を過ぎて日本のために立ち上がった男の生き様を通じて、人間の晩節のあり方を問う。

福沢諭吉の門下生として、「独立自尊」の精神を受け継ぎ、「官」より「民」を重んじた。電気事業の分割民営化を実現するために、時の政府や財界、GHQを相手に「一世一代のケンカ」を戦い抜いた男の生き様が描かれる。

1875~1971 長崎県壱岐の商家に生れる。美術コレクター、茶人としても知られ、耳庵(じあん)の号を持つ近代小田原三茶人の一人。
1889年慶応義塾入学。18歳のとき父が亡くなり家督を継ぐ。21歳の秋に慶応義塾に戻り、福沢桃介の知遇を得る。中退後、日本銀行に入行するが、1年で辞職。

admin's picture

鑑真と弟子たち

~愛と信念は海を越えて~
鑑真が戒律を授けた弟子は4万人を越えるといわれた。東シナ海は当時、地獄の門と呼ばれていた。200年前、聖徳太子は「これより200年の後、仏教は栄えるだろう」と仰った。中国での伝説は事実だったと悟る。鑑真と共に21人の弟子が日本に行くことを決意した。志を貫くことができたのは鑑真だけだった。

743年、日本行きを快く思わない弟子の密告により一行は逮捕された。4ヵ月後釈放され、12月に二度目の出航。
しかし遭難し失敗。744年、また密告により挫折。748年、五度目の挑戦。遭難し、揚州から2000km離れた海南島に漂着。749年楊叡死去。普照は日本人がいると役人に目を付けられるからと姿をくらます。鑑真は失明。

753年、日本から使者がやってきた。20年ぶりの遣唐使だった。この船で日本へ。遣唐使の大使は外交問題を恐れ乗船を拒否。副使が呼びとめ、副使の船に乗る。副使を説得したのは普照だった。
754年、鑑真と4人の弟子たちは日本に到着した。
(作成中)

admin's picture

Windows 10 失敗

旅のお供に使っているIdeaPad S10-3(Windows 7 Starter 32bit、Atom N450@1.66GHz 1.67GHz、メモリ1GB)はWindows10アップグレード対象外だったが、いつの間にかWindows10がダウンロードされていたので試しにインストールした。一晩かかったが無事インストールできた。
※Windows 12.7GB 73,065ファイル、 Windows.old 20GB 126,137ファイル、$Windows.~BT 2.81GB 1,421ファイル
※Cドライブ 合計サイズ 187GB 空き領域 24.6GB

しかし、主力マシンに使っているLifebook SH76/EN(Windows 7 Home Premium 64bit、Core i5-2520M
@2.50GHz 2.50GHz、メモリ 8GB)ではインストールが失敗する。

失敗の経緯をメモしておく。2015/9/17現在まだ未解決である。

言葉のチカラ

「夢があるなら口に出しなさい。口に出すと必ず実現する。
型破りって言うのは型があるから型破り。型がなければ形無しだ。」~中村勘三郎

「反対する人はクビを賭けて反対しているのか?」~山田洋次

中年が目指すべき歩き方~武田鉄也
「山へ登ったという事実を完成させるためには、山から下りなければいけない。
山に登りっぱなしのことを遭難という。」~C.G.ユング
※上るときは一箇所を見つめているが、降りるときは360度見渡しながら下る方向を考える。

「その子の良い所を無理にでも10個書き出してごらん」~坪田信貴「ビリギャル」

「私は落ちこぼれです。全国のみなさん私の1位を自信に変えてください」~指原梨乃

「人は何かに属していないと自分を見失ってしまう」~ホラン千秋の先生

「ひかりはないがのぞみはある」~JR職員

理想の夫は考古学者よ。なぜなら妻が年をとれば採るほど夫が興味を盛ってくれるから」~アガサ・クリスティ(40歳、考古学者マックス・マーロウ(27歳)と再婚

admin's picture

外国人観光客

今夜は天神温泉に泊まった。あいにくの雨であまり歩くことができなかった。南木曽で途中下車して、また妻籠を歩こうかと思ったが、バスの便が悪く二時間半後の電車に間に合わない。どうするかと思っていたとき、フランスから来たという親子に声をかけられた。

フランス人親子(南木曽)

「英語が話せるか?」という。何か困っている様子だったので聞いてみると、電車の中にカメラを忘れたという。東京を発って長野で乗り換え、南木曽に降り立ったところだった。東京からの電車は金沢行き、長野からの電車(松本経由)は名古屋行きだ。遺失物が届けられているとすれば、金沢駅か名古屋駅だ。駅員に頼んで調べてもらったが届け出はまだないとのことだった。

親子はあきらめて妻籠行きのバスに乗った。私は南木曽周辺を散策した。雨だったので、桃介橋を渡り、福沢桃介(諭吉の娘婿)記念館を見て回っただけだ。1時間ほど歩いて駅に戻ったとき、観光案内の女性に声をかけられた。名古屋駅の遺失物係から連絡があったという。

フランス人親子の連絡先を聞いていなかった。妻籠に泊まると聞いていたので、片っ端から宿に電話して探す。5軒目で見つかった。事情を説明し、明後日の滞在先に送付してもらう手はずを付けた。

admin's picture

交通事故発生!

生まれて初めて、交通事故の被害者になった。自転車と自動車の衝突だ、自転車がすれ違えるくらいの広さの路肩の道を走っていた。橿原と奈良を結ぶ交通量の多い幹線道路だったのでゆっくりと走る。速足で歩くくらいの速度である。路肩から10mくらい奥の店と駐車場がある見通しの良い場所にさしかかったときに事故が起きた。

12時30分ごろ、駐車場から出てくる車が目についた。運転手は車の流れが途切れるのを見ていた。反対方向の路肩からくる自転車のほうを見ていなかった。運転手の注意を引こうと「お~い」と呼びかけたが気が付かない。これは危ないと思ってブレーキをかけた。前車輪が車の前に出たとき、車の流れがとぎれたのだろうか、道路に出ようと急に発進した。自転車の横腹をつつかれ、車道に横転した。

一瞬のうちに闇の中に放り出された感覚だった。意識を失ったのかもしれない。「大丈夫ですか?」という運転手の声に気付く。頭と肩、肘、膝が痛み、体全体がこわばっている感じで起き上がれない。少しづつ意識が戻りやっと起き上がれたが、肘と膝が疼く。左手を上げると痛い。こわごわ足を動かすと歩けた!膝が痛むが歩けたことで安心した。

Syndicate content